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営業にまつわる数々の既成概念について書きました。
実は、その既成概念に縛られてにっちもさっちも行かない営業マンを、多く見てきたからです。
上司の目があるから仕事がデキない――極端にはそんな事例さえあります。
まことに本末転倒というしかありません。
営業は時に組織からも自由でなければ、思う存分飛翔出来ない種類の仕事です。
自立した営業マンは組織に属しながらも、組織から自由にはばたいてこそです。
その縛られる、という観念から自由であることが良き営業の前提である、
との筆者の想いがこのレポートを成立させたといっていいかもしれません。
本当はそんなこと許されているし、まったく問題にもならないのに、意外にいろんな局面で、自ら観念的に縛られてしまっている、ことが多いのです。
一事が万事、会社に相談、上司に相談では、営業の展開上、まことに後手後手、後の祭りなのです。
既成概念で結局は自らもへとへとになり、思うような成果も得られない、何のためのビジネスかも疑問となります。
さあ、生き生きと思い通りの日々を送りましょう。
それでこそ営業という名の自由を、選んだ意味もあるのですから!
既存概念に染め上げられてしまうと、にっちもさっちも行かなくなるのが、営業です。
営業会社に入社して、専門家の集団と思えば、あれこれの足かせが在り過ぎてウンザリ、そんなご経験はありませんか。
専門家が必ずしもその業界ノウハウを会得しているとは言えないのです。
ことに日本ではスグに業界習慣が固まり、固定観念が跋扈する、或る意味、不自由極まりない世界といってもいいのです。
若い頃、自由に発言しろといわれて、「無駄な残業をやめよう!」と発言して、不快感をあらわにされたことがありましたが、こちらとしては疲れるだけで無駄としか思えないからそう言うので、無駄と感じない残業を考えるのが上司の役目、と思って言うわけです。
まあ、若気の至りといえばそうでもありますが、これに限らず、無駄で不合理、いや、不条理とさえ言えることを日常的に、まさに押し付けられて仕事そのものがイヤになること、まことにしばしばでありました。
常にフレキシビリティを持って市場を見つめ直さないといけないのに、営業職場がこれでは日々、足をすくわれる事態になりかねません。
ともすれば営業は組織人から煙たがられる部分もあるものですが、それは営業が最前線で経営のノウハウを実地で検証する側面も持ちますから、現経営陣といささかのズレが生じて不思議ではありません。
戦略の参謀である経営陣が、必ずしも戦局を明確に把握しているとは限りません。
その参謀と営業との血流が、すみやかに淀みなく流れている状態でないと、最前線の現場で血栓(決戦?)を起こして、血を流すのは組織よりも、営業個々の戦士たち、ということになります。
営業を成立させる基本は、現在の市場動向をナマモノと感じて独特の処方を試みていくことを可能としてこそです。
さまざまな時代の変化をいやでも身に受ける状況ですから、VSOPという存在ではいけないのです。
つまり、VERY SPECIAL ONE PATTERN ですね。
常に軌道修正や新処方を導入する臨機応変の対応が要請されるわけです。
そこにこそ営業の面白さ楽しさも育まれていく訳ですが、その正反対の事態、クレーム対応を始め、大いに腐らざるを得ない事態も発生して、いささか嫌気を覚えることも無きにしも非ずというのが、現実的な営業の現場といっていいかもしれません。
それも前向きの対応であれば創意工夫も生きますが、中小の企業に勤めていて、いざという際に、しっかりしたバックアップ体制が整っていることはむしろきわめて稀です。
営業が一番どうにもならない瞬間は、商品のメンテナンスを当てに出来ずに、商品の欠陥と、もろに向き合わなければいけない時です。
これまで懇意にしていただいた顧客も、その対応力の無さに呆れ、その渦中で右往左往せざるを得ない営業に最後は同情して、去っていくこともそんな際であることが多いのです。
若い時はこの明らかに自分でどうすることも出来ない事態に、ほとほとうんざりしました。
今度仕事をする時は営業だけは嫌だと、感じてしまうのもこんな時でした。
そのおかげで軌道に乗りかかった仕事を後にして、サヨナラするのがベストという選択をしたこともあります。
そのお蔭というべきか、いくつもの業種の営業に携わりました。
なにしろ金なしコネなし学歴なしですから、営業以外の仕事にはなかなか恵まれないわけです。
次々と携わった営業はそれでも真剣勝負をしました。
それぞれがそれぞれ、きわめて特異な悪条件も備えていました。
そのさなかで、それでも営業として学ぶことは確実に市場にありました。
多業種の営業をしながら、その業界特有なことはできるだけすべて捨て、営業として必要不可欠なことは何か、それが身に付いていったのはこの業種転戦の中で、業界習慣に染まらぬからこそ習得したものだったと思います。
転職を連戦することでかえって営業のセオリーを、身に付けることが出来た気がしますし、重なる腐る出来事から身を離す、心理的な心得も少し覚えていくことが出来るようになった気がします。
夏の気配を少しでも感じるといちはやく半袖ワイシャツに衣替え、半袖期間の誰よりも長いです。
そんな風ですから新しい会社に入ると必ずといっていいくらい、
「良くそんな格好で仕事が出来るな!」
と、言われたものです。笑ってごまかしていましたが、内心では、
「上着着て、売り上げ倍増するのならそうするよ」
と、うそぶいていました。
あっさり言い切ってしまうのが、わが取得であります。
いささかも売上成績とは関係のないことですから、暑い時はどうぞ半袖で!
ことさらクール・ビズなどと構えなくとも軽い決意で。
有難いことにせっかく拘束のゆるい中小企業に勤めているのなら、カミシモは脱げる限り脱ぎましょう。
「営業は結果がすべて、当社は実力主義」
と、表向きは言ってもその中身はほとんど一流企業の亡霊に侵食されている経営者の多い中小企業ですから、その傀儡のような上司もいるでしょう。
しかしそこは敢然と、
「暑い時は暑い」
と、行動を起こす姿が次なる自らのアクションを呼ぶのです。
もともと背広は日本の夏のためには造られていません。
西洋の夏は空気感がまことに異なります。
湿度も低ければ塵埃の含有量さえまったく異なります。
フランスの田舎の美しさは絵葉書以上です。
パリの夏は涼しい空気感だからこそ、厚着の人薄着の人さまざまで個性的なファッションが隆盛を迎えることになります。
背広を小脇に抱えて、ハンカチで汗を拭き吹き、ビルの中に入ると改めて着用し、出てくる相手も冷房中でワイシャツ姿から改めて背広を着用し、双方背広のご対面となるわけですが、どう考えても、これは滑稽としか思えないことではないでしょうか。
「意味ないじゃん!」
さんまでなくても、そう言いたくなります。
JRの7人掛けや3人掛け、まことに狭いですね。
乗車賃を頂いたお客様を迎えるのに、この狭いスペースを強要するとはなにごとか?
いくらかでも疑問に思いましょう。
背広着ても売上は上がりませんが、半袖ワイシャツの方は売上アップします。
売上アップが、すべて半袖ワイシャツのせいとは言いませんが、
1、<儀式>を捨てることによって、本題に入りやすくなる!
2、ラフな姿を見て、相手もラフな構えが出来る!
3、そこできちんとした秩序だった話をすることで驚きが生まれる!
と、私は思って、そのとおり成果を挙げてまいりました。
要は、自らそう思い、そう信じて動くということが貴重です。
失礼じゃないかとか、慣習にのっとらなくてはとか、ぜーんぶ、頭の中だけにある観念に過ぎない!――と決めるのです。
それにたとえそう相手が感じたとしても、いつもと違う、セオリーを無視した営業マンに反発や軽侮を覚えたとしても、セオリーを大きく崩さない限り、さほどのことではありません。
それに、そんなうわべだけで左右されるほどお客様が馬鹿ではない、ということです。
なによりも営業は自らの発現の場なのです。
我慢を強いるもの、慣習で守られているだけのもの、これはなによりも面白味がないシロモノです。
営業の面白さは、その面白味のないところに、変化を試みるところにあります。
せっかくのアポイントを有効にする第一歩は、セオリーを少し崩して、
眠気を誘うワンパターンの営業マンに飽き飽きしている相手に思わず聞く耳を持たせることです。
どうせまた売込みだろう、と予測を持って構えているところに予想通りの展開をして見せても、とうぜん興味はそそられません。
こけおどしみたいなことをする必要はありません。
少し競合営業マンと差別化が生まれるアプローチをしましょう。
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